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「知識人と政治」 脇圭平


本書を最初に読んだのは20数年前で、すでに絶版となっていたため古本屋で買った記憶がある。定価の2~3倍の値段だったような気がする。当時岩波文庫のラマルク「動物哲学」が2万円で売られていて、岩波新書の「スウィフト考」も千円近くしていた。その頃神田の古書店では、岩波の絶版本が高値で取引されていて、岩波全書の「特殊関数」を売りに行ったらこちらが申し訳なくなるような価格で買い取ってもらった。今から思うとバブルだったなと。今回はアンコール復刊したものを読んだ。

本書で取り扱っている時代が、物理学のパラダイムシフトの時期にあたり、科学史的興味からその頃について書かれた本を手当たり次第に読んいるうちところ本書にたどり着いた。本書は第一次世界大戦からドイツ革命、ワイマール時代を経てヒットラーが政権につくまでの、トーマス・マンとマックス・ウェーバーを中心としたドイツ思想史。アインシュタインの名前は出てくるけれど、プランクもハイゼンベルグも出てこない。この後、トーマス・マンの「非政治的人間の考察」や「魔の山」も読むことになったのは本書のおかげだった。

本書でいちばん印象に残るのはトゥホルスキーの箇所。なぜワイマール時代にヒットラーのナチ党が台頭し、権力掌握するまにでなったのか。トゥホルスキーにとって、ワイマール共和国は一種の消極的君主制に過ぎず、共和主義者なき共和国としか映らなかった。共和国思想の勝利は目の錯覚に過ぎず、岸は少しも動かず船のほうが岸に動いているだけだった。トゥホルスキーは1924年にパリへ移住した。1929年にはスウェーデンの田舎に引きこもってしまう。彼は外国にあって絶望の歌を歌い続けた。1933年ヒットラー政権が誕生すると、トゥホルスキーは「文化ボルシェヴィスト」として市民権剥奪の第1号となる。1933年以後、亡命知識人グループからの呼びかけに彼は応えなかった。1935年、彼は薬物の過剰摂取で亡くなる。

たとえば彼は一九三三年にこう言っている。もしも多数も民衆が一握りの僭主的少数者によって力づくで抑圧されているというのなら、まだ彼らのために闘い彼らに支援を与えることに意味がある。しかし現実は果たしてそうだろうか。彼らはヒトラーに魂まで奪われてしまったのだ。もはや多数も少数もない。今さらだれに向かってアピールし、だれのために闘おうというのか。ドイツの大衆の大部分は、ヒトラーのとった方法には反対しても、彼の理論の中核にあるものには、断じて反対なんかしていない。ヒトラーはわれわれがついに埋めることのできなかった空白、これを最終的に埋めてしまったのだ。もう負けだ、われわれの完敗だ、というのである。