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「ビ」 大竹伸朗

ビ

東京へ行く飛行機のなかで本書を読んでいて、少し眠くなったので座席の前のポケットに入れてうつらうつらしていた。いつもは座席の前のポケットに本を入れることはしないので、てっきりカバンのなかに本を仕舞ったつもりで飛行機をおり、到着ターミナルを歩いているとき本を忘れてきたのに気が付いた。まあ、本屋で買えるだろうと高をくくっていたら、渋谷と銀座の本屋にはなく写真美術館にもなかった。しようがないので、札幌へ帰るとき羽田空港のサービスカウンターで忘れ物のことを話したら、乗ったときの座席に本があったということだった。サービスカウンターの女性が確認のため本の題名はと聞いてきたので、管理人が「ビ」ですというと相手は「えっ?」という感じだった。カタカナ一文字の題名の本というのはあまりないと思う。

本書は文芸誌「新潮」に連載中の「見えない音、聴こえない絵」より、2008年11月号から2013年6月号にかけてのエッセイが収録されている。旧来の「美」の定義と結びつけることができなかった「得たいの知れない感情」「制作衝動が沸き起こる心の状態」といった事柄をあつかったため、題名を「ビ」としたそうだ。「美」とは何かということを考えるとよくわからいというのが正直なところだ。現代アートをみると美しいとは思えないものが多い。著者にとっての「美」について、著者は次のように述べている。

美意識は、人それぞれ異なる。漠然とした共通意識で「美」を語ることはかえって誤解を生みやすい。いくつかある「美」の定義に、「美しいものを美しくしている根拠」「美的快の感情を引き起こす対象」といった二項目がある。しかし、それらの定義の矛先を自分自身が思う「美」と照らし合わせると、どうもにもピタッとこない。「美」という言葉による「美」についての解説のためか、結局、狐につままれたような気分になる。「美」を、「美」という言葉使わずに考えるとどうなるのだろう。自分にとってそれは最初から「美」として入り込むのではなく、大抵は「得たいの知れない感情」から始まる。出会って「オッ」と感じ、初っ端に「?」がポンと浮かび、同時に「制作衝動」がガッと湧く、そんな印象だ。「?」は、頭の中にある「作品の一部」やモヤモヤと不確かな輪郭で揺らぐ「次の形への手がかり」「偏見を破壊する要素」、自分自身がどんなに考えても「到底思いつかないアイデア」といったこととして一方的に関係を迫ってくる。思考の手前で勝手に起きてしまう疑問、好奇心、衝動、それが自分にとって結果的に「美」と関わることなのだと思う。「美」には、人が忘れてしまった様々な感覚を呼び起こすたくさんのスイッチが秘められている。それは「形と意味」をコロコロと変化させながら目の前を一瞬通過する水中生物といったイメージもあり、予期せず浅瀬に見つけたとしても、迫った瞬間にスッと深海の暗闇に消えていく。

抽象画のイメージはどうやって浮かぶのか不思議だった。本書を読んでみて、画家のイメージは抽象・具象関係なく浮かぶものらしい。これまでアーティストが書いた本は写真関係以外あまり読んでこなかったので、「制作衝動」といったものがどのように沸き起こるのかわからない部分が多かった。ときに本書の「心に降る形」を読んで凄いと思ってしまった。写真の場合、何かの具体的な対象を画像に取り込むので、残念ながら「心に降る形」を撮影することはできない。自分のこころが写るカメラができたら可能かもしれないが、それはそれでちょっと嫌な感じがする。