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「柿日和」 坪内稔典


本書は柿をめぐるエッセイ集。柿だけの話題でこれだけのエッセイを書ける著者は相当な柿好きなのだろう。著者によると柿を食べることよりも、柿が実っている風景が好きなそうだ。柿の句は、有名な子規の「柿食へば鐘がなるなり法隆寺」のように沢山ある。ところが短歌では柿は俗なものとして詠まれることはなかった。そう言えば柿の短歌で有名なものというのは思いつかない。

子規の晩年の随筆では、食べ物のことがよくでてくる。子規は果物好きで、とくに柿を好んだ。日清戦争に従軍した子規は帰りの船中で喀血する。入院した子規は危篤状態になるが、持ち直し須磨で保養する。その後、故郷松山に戻り、漱石のもとに寄寓する。元気になった子規は漱石から旅費を借り、奈良に遊ぶ。子規は宿屋の16、17才の下女に御所柿を持ってくるように頼む。やがて下女は大丼鉢に山の如く柿を盛り持ってきた。柿好きの子規も驚く量だった。下女が柿の皮をむいてくれ、子規は柿をたべる。下女はさらに他の柿をむいている。そこにボーンという釣り鐘の音が聞こえてきた。下女は、初夜の鐘が鳴るといって柿をむきつづけている。初夜というのが非常に珍しく面白かったと子規は述べている。初夜の鐘とは午後8時の寺院のお勤めの鐘。このときの句が「奈良の宿御所柿くへば鹿が鳴く」。

柿がある家は、管理人がいま住んでいるところでは余り見かけない。北海道では柿が生育していないので、子供のころ柿の木に登って実を取るということもなかった。柿が写っている写真はないのかと思い探したが、京都へいったときのものしかなかった。修学旅行で京都・奈良へ行ったとき、柿の木に実がなっているのが珍しかった。本書には一個千円以上する干し柿の話がでているが、管理人は干し柿もあまり食べたことがない。

危機を敏感に意識することで、平安や快適さはいっそう高まる。いや、大事になる。一本の柿の木。一個の柿に私たちの存在、あるいはこの世界のすべてが重なっている。何をおおげさな、と言われそうだが、柿を愛することは生きている日々を愛することである。そして、私のいるこの世界の日常を愛することでもある。そのように思いながら、私はこの数年、各地の柿を訪ねた。