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「なつかしい時間」 長田弘


最近、本はできるだけネットで買わず書店で買うようにしている。理由は書店がなくならないようにという思いがあるから。自宅の近所に本屋が無くなってしまい、ちょっと新書や雑誌を買いに行こうということができない。本書も書店で買った。

本書はNHKの「視点・論点」で17年にわたって放送された原稿をまとめたもの。20世紀の終わりから21世紀へ、そして東日本大震災に立ち会う。著者は福島県出身。しかしながら時事的な話題は東日本大震災以外は取り上げていない。といっても震災直後では詩五編があるのみ。

朝が明けて、日が昇り、そして夕陽が沈み夜が来るという日常の何でもない一日が本当は掛け替えのない大切な一日だということが震災後に思い知らされたと著者は述べている。消費を増やすために休日を移して連休をつくり、時間を消費することが行楽となる。このような時間の使い方で失われたものは、窓外の眺め、樹の上の眺め、原っぱの眺め等の日常のありふれた眺め。眺めとは連続する時間のなかでだんだんに変化していく風景を眺めることであり、人の日々の生活をつくってきたものである。芥川龍之介は遺書に「自然の美しいのは、僕の末期の目に映るからである」と書き残した。

末期の目に見えるものとは、ふだん誰の目にも見えていないもの。より正確に言えば、誰にも見えているが、誰も見ていないもののことです。それは自然のうつくしさだと、死に臨んでふりかえって、芥川は書き残しました。しかし、作家の死後、これまで百年近くもずっと、この国で忘れられ、粗末にしかあつかわれてこなかったのは、その自然のうつくしさの、文字通りの有り難さです。
自然が日々つくりだすのは、なつかしい時間です。なつかしい時間とは、日々に親しい時間、日常というものを成り立たせ、ささえる時間のことです。『なつかしい時間』は、この国で大切にされてこなかった。しかし未来にむかってけっして失われていってはいけない、誰にも見えているが、誰も見ていない、感受性の問題をめぐるものです。