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「失われた近代を求めて 2」 橋本治


本書は「失われた近代を求めて1 言文一致体の誕生」の続編。いちおう近代日本文学史のようなものになっている。著者が語っているのは「近代日本の文学史はなぜ分かりにくいのか」とことらしい。本書では前書の内容を引きずりながら田山花袋や島崎藤村の作品などの日本の「自然主義」を取り上げている。

普通の文学史だと言文一致体の小説から「自然主義」の登場、日本独自の「私小説」へと展開する。西欧文学の「自然主義」は「教会勢力による聖なる支配からの俗の独立」である。それに対して日本の自然主義は、「何でも作者の経験した愚にも附かぬ事を、聊かも技巧を加えず、有の儘にだらだらと、牛の涎のように書く」(二葉亭四迷『平凡』)、「その作中の人物が、行住坐臥造次?沛、何に就けても性欲的写象を伴う」(森?外『ヰタ・セクスアリス』)と言われる始末。だが、著者はこの二葉亭四迷や森?外が言っているような自然主義の小説は田山花袋の「蒲団」くらいしかないと述べている。近代日本文学史の一般的記述では、島崎藤村と田山花袋の二人によって確立されたといわれるが、島崎藤村はどうあっても二葉亭四迷や森?外が規定している「自然主義」の作家に該当しない。果たして近代日本文学に「自然主義」が存在していたのか。著者は次のように述べている。

日本の「自然主義」は、「我、自然主義者たらん」と志す実作者によって実現されたものではない。日本の「自然主義」は、それを書いた作者の意志あるいは意思とは別箇の、評論家をはじめてとする第三者による「これが日本の自然主義だ!」という認定によって出現させられ、確立されてしまったものなのである。日本に「自然主義の文学」を誕生させてしまったのは、国木田独歩でも島崎藤村でも田山花袋でもない。明治四十一年の一月に『文芸上の自然主義』という評論を発表してしまった島村抱月なのである。

この後、著者は言文一致体の完成について取り上げる。行きつ戻りつしながら島崎藤村の作品までたどり着く。この調子で行くと、失われた近代を見つけるのにあとどのくらい書き継がれるのか予想がつかない。「私小説」という難物がまだ残っている。