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「文人荷風抄」 高橋英夫


本書は永井荷風に関する評論で、「断腸亭日乗」から”曝書”、”阿部雪子”、”相磯凌霜”の3つのテーマを取り上げ著者の想像や推論を交えて文人としての荷風像を描いている。”曝書”とは夏の土用の頃、晴れた日を選んで書物を広げ陰干しをし、虫や黴の害を防ぐこと。夏の季語になっているそうだ。管理人は”曝書”を実際にやったことがないし見たこともない。”阿部雪子”については今回初めて知った。他の永井荷風に関する評論で取り上げられているのをあまり読んだことがない。”相磯凌霜”は晩年の荷風をいろいろな面で支援した実業家として知られている。「断腸亭日乗」の戦後部分によく”凌霜”の文字が現れる。3つのテーマのうち、”相磯凌霜”のところがいちばん面白く読めた。”曝書”については蔵書家でもまして文人でもないものにとってはあまり興味がなく、”阿部雪子”については著者の想像の部分が多く”雪子”という人物が朦朧とした印象しか浮かばなかった。

相磯凌霜は鉄工所を経営し、古書蒐集を趣味とした。荷風との交遊は昭和十七年秋古書を媒介に始まった。このとき、荷風六十四歳(数え年)、凌霜は十四歳若かった。「友人に近いが単なる友人ではない、さらに側近らしくもあるが単なる側近でもない、この独特な立ち位置にいて荷風のために尽力した」のが凌霜であったと著者は述べている。凌霜が著した『荷風余話』の「荷風先生と掃苔」で、荷風が無駄な本を読まなくてはいけないよと言っていたことが書かれている。なにかしようと思って関係ある本だけを読むのではなく、ただ本が好きで目的もなく本を読むことが大事である。

無駄、無用、何ら利するところはない、本の世界はこの種のものに溢れている。脈絡なく多くの本が本の下に埋もれ、本の上を幾重にも蔽っている。空しいのか空しくないのか。そのうえ、無駄・空漠が骨の髄まで滲みこんでいる人間が、本と乱脈に重なりあっている。息も絶え絶えにか。いや、それでも息は絶えてはいない。そんなあらけない世界だ。人間からいうと、それは本好きたちの終末的様相かもしれない。しかし本の側からいうと、言葉、趣味、思考が結合、分離、繁殖、変質を続けてきた途中の段階にすぎないのかもしれない。

『偏奇館』が焼失し、敗戦後知人の家に間借りしていた荷風に凌霜は別宅を提供した。「断腸亭日乗」の戦後部分は長い文章がなくなり、読んでも戦争中の記述のような面白さはない。凌霜の別宅で書かれた小説も短編ばかりで荷風の代表作となるものもない。敗戦後荷風の筆力の衰えは大きかった。『偏奇館』というトポスの焼失が、表現としてのトポス、条件としてのトポスの消滅となってしまった。

戦火が偏奇館を焼き尽くしたことは、執筆のトポスの潰滅を意味している。文人・小説家にとってこれ以上の打撃はありえない。漢書、江戸の板本、フランスの書物、それら一切が灰に帰したことも言いようもない大打撃で、自分流儀の諸物収納庫であった家具、もろもろの什器の消滅は不便この上なかった。だがそれら以上に、それらすべてを含め、文人生活の基盤たるトポスが一夜にして失われたということだ。こう見るべきである。そのとき偏奇館と共に偏奇館の主も喪われたといっても、間違いない。トポスなき荷風、こんな存在は考えられない。しかし生身の荷風はからだひとつで偏奇館を後にし、猛火の間をくぐって生き延びる。それはトポスなき小説家の彷徨のはじまりだった。