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「カント先生の散歩」 池内紀


本書はカントをめぐる伝記的なエッセイ。通常のカントの伝記にあるような学説や哲学的解釈についての記述は少ない。取り上げている著作は「永遠平和のために」のみで、所謂3大批判書「純粋理性批判」、「実践理性批判」、「判断力批判」については周辺的な記述あるだけ。著者に哲学的な事柄を求める読者はいないと思うが。生涯独身で、旅行もほとんどせず東プロシアから出ることがなかったカントに関する純粋に伝記的な事柄は少ない。

カントは書斎に引きこもった朴念仁であったのかというとそうでもない。カントは友人を食事に招いたり、名門貴族のサロンへ出向いたりしておしゃべりを楽しんだ。とくにイギリス人商人グリーンとの会食はカントの一番の楽しみとなり、生涯の友人となる。カントはグリーンからヨーロッパの経済状況を聞いていた。フランスは遅かれ早かれ財政破綻し、革命騒ぎになるだろう。貴族のサロンではベルリンの王室が話題にあがった。時代が閉塞していくのをカントは肌で感じていた。

ドイツ古典主義の多彩な展開と充実は、政治と宗教、また社会状態の手ひどい沈滞と空虚と、二本の糸のようにより合わせている。時代の個性と能力に対して、社会がいかなる場も力も与えないとしたら、外界からは意識的に目をそむけ、ひたすら思索に、内なる世界に集中するしかないだろ。カントは首尾一貫して「知力」を語り、ゲーテは「内的世界」を口にした。つまるところ時代の合言葉というものだった。外ではなく内に向かって、ひたすら精神を輝かせる。

遅咲きのカントにも老いは深まる。サロンの優雅な談話者カントを表敬訪問した外科医は「精神力は大幅に低下しており、新しく独自の哲学的議論を発表する可能性はきめて乏しい」と書いている。カントの主著となる予定だった遺稿は1000頁を越えるが、その内容は重複が多く、カントのプランをたどるにはその五分の一で足りるというひともいる。この頃のカントは、食事は昼食の一度きり、散歩は召使いに付き添われた最短コース、睡眠は4時間だった。

人間理性の極北のような人が、どのような老いを迎え、どう対処したか。
「わたしを子供と思って下さい」
記憶に見放される寸前に、カントのとった方法が痛ましい。そんな「子供」にも、老いはなお容赦なく襲いかかった。大きな運命と、そのなかで見出した小さな自由-人間のドラマをせんじつめると、そのようなことになると、つねづね私は思っている。カントの生きた時代には、ほんどすべての人に一日の日課が整然と定まっており、曜日によって食卓の品目から玉子の数まで決まっていた。「小さな自由」がどれほど貴重であって、そのなかで辺境の一哲学者がどのように生き、いかなる業績を後世にのこしたか、まがりなりにもそのことだけは、十分に書き上げたと考えている。