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「なぜ未だ『プロヴォーグ』か」 西井一夫

再読とはいえ、続けて西井さんの本を読んでさすがに疲れた。本書は主に「森山大道」、「中平卓馬」、「荒木経惟」に関する評論をまとめている。『プロヴォーグ』の写真が多数収録されており参考になる。「短い夏の親友」と「写真の黙示録」は『暗闇のレッスン』からの再掲。

「森山大道」、「中平卓馬」を取り上げるときの著者の文章は冴えるが、「荒木経惟」のときはなにか文章に冴えがなく註のほうが面白いときがある。管理人について言えば、荒木さんの写真は写真集「冬へ」まで追いかけていたが、それ以降の写真については写真集の出版数が多くなりすぎ、「アラーキー」への興味もあまり無くなってしまった。個人的には、西井さんは権威主義的な写真家や今どきの写真家への批判・悪口を書くときが一番乗っているというか面白いと思う。

「思想のための挑発的資料」と副題された『プロヴォーグ』は1968年11月、多木浩二、中平卓馬、岡田隆彦、高梨豊を同人として発刊。2号から森山大道が参加。同人誌は3号まで刊行したが、70年単行本「まずたしからさの世界をすてろ」を出版して活動を終える。『プロヴォーグ』創刊のころ、電通写真部にいた荒木経惟は「嫉妬」の感情で『プロヴォーグ』の活動を見ていたそうだ。多木浩二の回想によると「中平さんと私は写真と言葉という問題について何か手さぐりでできないだろうかということを念頭に置いて始めたのが『プロヴォーグ』でした」。著者は、なぜいま『プロヴォーグ』なのかではなく、なぜ未だ『プロヴォーグ』でしかないのかとあえて問い直すことで、原点を失ってしまった写真の現在に転換を方向付けるためいささかの波風を立てたいと述べている。

森山や中平らが『プロヴォーグ』以後見せた姿勢は、なによりも写真でいかに食うか、という賃労働的なものではなく、彼らの言説や行為のまわりには常に写真とは何か、なぜ写真を撮るのか、といった、写真に関わる者にとっての基本的な問題を常に積極的に意識していようとする姿勢があった。それは言葉の正確な意味で仕事として(稼ぎのため、を第一義とするのでなく)写真に関わる姿勢であった。それは、写真を「趣味」的、あるいは賃労働のレベルから決定的離陸させる姿勢であった。彼らが示していた態度は、簡単に要約すれば、写真は自身の生き方の表明(これこそ本物の趣味なのである)であって、私がこのように視た、という好き嫌いを含めた世界認識の内容表明に他ならない、ということだった。・・・・・森山も中平も、終始一貫して「私」に引き寄せて「世界」を見ることを追求してきた。すなわち、生き方として写真を撮る、という写真家が、日本にようやく現れた、という事実である。いいかれば、私たちは「写真とは何か」という解答のない問いを通して「写真家とは誰か」という認識に行きついたのだ、ということが可能かもしれない。写真の誕生とは、他ならぬ写真家の誕生のことだった。