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「なぜ、植物図鑑か」 中平卓馬


晶文社版「なぜ、植物図鑑か」が絶版の頃、神田の古書店を探し回りやっと見つけて、値段をみたら7500円とあり、購入するかどうかしばらく迷って、結局購入するのをやめた。その後、「見続ける涯に火が・・・」が出版され、「なぜ、植物図鑑か」に収録されている評論は読むことができた。同じ年、「なぜ、植物図鑑か」はちくま学芸文庫として復刊した。「見続ける涯に火が・・・」を読んだばかりだったので、ちくま学芸文庫版「なぜ、植物図鑑か」を読むことがなかった。今回、ちくま学芸文庫版「なぜ、植物図鑑か」を初めて読んだ。

「言葉のひと」だった中平卓馬が昏倒し、一時的に記憶障害・失語症に陥りその言葉を失い、本当の意味で写真家となったのは「写真家の宿命」だったのか。「見続ける涯に火が・・・」が昏倒するまでの評論が収められているのは、昏倒後の中平卓馬の文章の劇的変化による。最初に外国語を思い出し、母国語の日本語を思い出したのが昏倒後4~5年たってからだった。といっても言葉と記憶が完全に戻ったわけでは無く障害が残った。昏倒後の中平卓馬の撮る写真も変化し同じ写真家とは思えない印象を受ける。

「なぜ、植物図鑑か」を読むと、中平卓馬の写真家というよりも評論家・ジャーナリストの側面が強くでている。1971年沖縄返還協定粉砕ストで警官が死亡した事件、シージャック犯川藤展久の射殺事件、マッド・アマノと白川義員との裁判に関する評論はジャーナリストとしての中平卓馬らしさがよく現れていると思う。マッド・アマノと白川義員との裁判では、原告側が「地球の美を再発見し人間の良識と人間性の回復」の可能性を見出したいという願望からであったという撮影意図を被告がねじ曲げたというこうとで告訴した。この原告側の写真(実際に使用したのは保険会社のカレンダー写真)の意図を管理人は知らなかったし、今回写真を見てもその意図は読み取ることができなかった。

本書のなかで唯一の書き下ろし「なぜ、植物図鑑か」は、雑誌に載った読者の批判に答えるかたちで書き始められている。この評論は、その当時写真を撮れずにいた中平卓馬が過去の自分の写真を否定し、新たな写真の始動を宣言したものだった。それは、「夜」から「昼」へ、モノクロからカラーへ、「アレ・ブレ・ボケ」ではなく図鑑のような明快さへ向かう。

なによりも図鑑であること。魚類図鑑、鉱山植物図鑑、錦鯉図鑑といった子供の本でよく見るような図鑑であること。図鑑は直接的に当の対象を明快に指示することをその最大の機能とする。あらゆる陰影、またそこにしのび込む情緒を斥けてなりたつのが図鑑である。”悲しそうな”猫の図鑑というものは存在しない。もし図鑑に少しでもあいまいなる部分があるとすれば、それは図鑑の機能を果たしてはいない。あらゆるものの羅列、並置がまた図鑑の性格である。図鑑はけっしてあるものを特権化し、それを中心に組み立てられる全体ではない。つまりそこにある部分は全体に浸透された部分ではなく、部分はつねに部分にとどまり、その向う側にはなにもない。図鑑の方法とは徹底したjuxtapositionである。この並置の方法こそまた私の方法でなければならない。そしてまた図鑑は輝くばかりの事物の表層をなぞるだけである。その内側に入り込んだり、その裏側にある意味を探ろうとする下司な好奇心、あるいは私の思い上がりを図鑑は徹底的に拒絶して、事物が事物であることを明確化することだけで成立する。これはまた私の方法でなければならないだろう。