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「食べる」 西江雅之


海外のフィールド調査へ行って、現地のひとでも食べないようものを食べるという西江さんが「食べ物」について書いたエッセイ集ということで敬遠してきたところ、新装版がでたので恐る恐る読んでみた。あとがきに「ゲテモノ食の体験記でも書いたのか思われるかもしれない」とありやはり誤解するひとはいると思う。本書を読んでみると「ゲテモノ食の体験記」ということはなく、「食べる」ということに関する真っ当なエッセイだった。こうなると「ゲテモノ食の体験記」もちょっと読んでみたい気もした。

本書に「リョコウバト」が紹介されている。リョコウバトは聞いたことがない鳩の名前で、「リョコウ」が「旅行」のことだとすぐにわからなかった。リョコウバトは北米に生息していたハトの一種で、一年に2度渡りをしたことからその呼び名を付けられた。19世紀初頭には、生息数は60億羽とも90億羽とも言われ、1860年アメリカに鳥類保護法が成立したときの調査でも、50億羽から60億羽ほどになった。それが7年後、リョコウバトは珍鳥の一種になり、1894年には野外でリョコウバトの巣を見かけることがなかったそうだ。その絶滅の原因のひとつが、集団を組むことで生命を支えられている集団性の動物が集団を失ってしまったためであると言われている。世界でたった一羽残ったリョコウバトは「マーサ」と名付けられ動物園で大切に保護され管理された。1914年「マーサ」は動物園で死に、リョコウバトは絶滅した。「マーサ」は剥製にされ、ワシントンD.C.の国立博物館に飾られている。

鳥類の歴史始まって以来、最大の個体数を誇ったとも言われるリョコウバト。六0億といえば、現在の地球上の人口と変わらない数です。それがわずか一人の人間が生まれて死ぬまでと同じほどのごく短い間に、絶滅へと追い込まれてしまったのです。人間の欲がある方向に向かえば、これほどのことが自然界に起こりうるのです。人間が食料とする生物の中にも、今のところは自然界には数多く見られる種類がありますが、人間が欲を向ける方向を誤れば、それらの生物もまた、リョコウバトと同じ運命を辿るかもしれません。
食べることをめぐる人間の際限の無い欲。それが、わたしにはかつて人びとを恐れさせたリョコウバトの襲来よりも、いっそう不気味に思えてくるのです。