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「写真から/写真へ」 森山大道

本書は、雑誌「写真時代」に連載された写真に付けたキャプションを一冊にまとめたもの。「写真との対話」に比べると連載した雑誌関係のためかくだけた感じの文章が多い。「写真との対話」の略歴の続きとなる1986年以降の詳しい略歴が付いている。「写真との対話」と同じく現在絶版中で、入手可能なのは合本「写真との対話、そして写真から/写真へ 」。ただし合本では略歴が割愛されており、写真も入れ替えられている。

伝説?の雑誌「写真時代」に創刊から終刊まで9年間森山さんの写真の連載が続いた。「写真時代」創刊のころ、森山さんは停滞中でほとんど写真の仕事をしていなかった。そこに新しい写真雑誌の編集長末井昭さんからインタビューをしたいという電話が入る。このインタビューの日の様子は、「花の行方1」に書かれている。数日後、編集長末井さんから連絡がきて「写真時代」の連載が決まり、写真家「森山大道」復活となる。9年間に連載された写真から「仲治への旅」と「サン・ルゥへの手紙」という二冊の写真集が生まれている。

「写真時代」は荒木経惟さんの過激な写真で有名だった。管理人の家近くの書店では、「写真時代」は成人向け雑誌コーナーにあり、買う時には回りをちょっと気になった。パチンコ雑誌の編集長が「写真時代」の編集長と同じ末井昭さんだと気づいたのは一時的に復刊した「写真時代」を買ったときだった。復刊した「写真時代」は何か小綺麗な雑誌で「写真時代」の猥雑さというかいかがわしさが余り感じられなかった。編集長「末井昭」、写真家「荒木経惟」、写真家「森山大道」が一緒に仕事をしていたというのは今から考えると「奇跡のコラボ」と言えるかも知れない。

実際現在思ってみると、『写真時代』誌にあったフレキシブルな挑発性とアクチュアルな現実性は、写真誌はもとより、80年代のほかの多くのビジュアル誌にはなかった直截な体温があり、それはまさに写真そのものの体温と同じなのであった。
野性と日常性、実験性と批評性が、あれほどパワフルに具体的だった雑誌など、もう二度と出てこないのではないか。
そして、ぼく自身のことでいえば、『写真時代』誌とともに伴走をつづけて9年というしたたかな時間は、写真から自己へ、自己から写真へ、そしてまた・・・・と、かぎりなくつづいていくこだわりの日々と、その累積だったような気がする。つまり、創刊から終刊にいたる同誌の軌跡とその時代は、そのままぼくの『写真時代』の時代でもあった。
また、写真から半ば離れかけていたぼくを、ふたたび写真の場に連れ戻してくれたことから考えてみると、その実質は、いわばレイオフからテイクオフへという時間的グラデーションだったのかもしれないし、また、その期間におけるぼくの生活的変動のうえから見てみると、写真を間に置いた、自身と日常との地理的弁証法だったといってもいいのかもしれない。