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「見る悦び」 杉本秀太郎


本書は、40年にわたる絵に関するエッセイを纏めたもの。3分の2は既刊単行本から再録されている。図版も多いが、全てがカラーというわけではない。松山巌さんの書評を読んで、本書を読もうと思ったところ、札幌の書店で見つからず読まずにいた。著者の杉本秀太郎さんが亡くなられた後、札幌駅前の紀伊国屋書店へ行ったところ、本書が5冊(だったと思う)美術新刊の棚にあり購入した。

本書を読んで不思議に思ったのはその構成で、1970年代に書かれた文章と、最近書かれた文章が順不同で並んでいる。また、宗達の次に、ピサネロを取り上げ、そしてゴーギャンをといった案配。不思議に思うのは単に管理人の教養が足りないだけなのかも知れないが。何となく、著者の「最後の本」を意識していたのではないかと思わせる構成だ。

著者は、絵を見るということに尋常ならざる情熱を持っていると思わせる文章が多い。管理人が面白かったというか驚いたのはゴーギャンの「乾草」に関するエッセイだった。本文中に「乾草」図版があり、何度見返してもその中に「ミンククジラ」を見いだせなかった。本物を見ると違うのかも知れないが、著者はこの画の中に鯨と白鳥を見つける。その後、「北斎漫画」、コローの風景画、鹿王院の涅槃図と続き、このような連想は著者ならではと驚嘆するしかなかった。

<<乾草>>という題名はゴーギャンがつけたものではない。館収蔵の当初はたんに<<ブルターニュ風景>>と呼ばれていた。画中の白シャツの男が乾草の労働をしていると解しての題名。棒をにぎり、うつ向き加減に腕を動かしているが、何をしているのか、判じがたい。近景の一体は小さな沼地。青草のなかにいる白黒班の生き物はイヌかネコか、それともペンギンなのか、ついに判じがたい。沼のあちらには橙色の奇妙な、得体の知れぬ盛り上がりが目立ち、同色の斑紋が断続している。立ち木のむこうは、草っ原。遠景には不定形な樺色の斑紋が暗い樹影の隙間を埋めている。沼の中に横たわる青苔に掩われた岩。その形態はセミクジラの腐りかけた死骸を思わせる。謎に満ちた絵。これは「作られた」風景である。私たちはこの風景画を見るよりも、読まなくてはならない。ゴーギャンは『北斎漫画』シリーズを愛蔵、玩弄していた。この画中には『北斎漫画』からのあからさまな引用(盗用)による形象があちこちに指摘できる。そして、コロー、ドガの偲び声も目に聞こえる。1889年、ブルターニュで描かれたこの絵は、やがてタヒチで、さいごはヒヴァ・オア島で、ゴーギャンが実現した「創造」の発端を示す重要な作品である。

著者は、270年続く杉本家の9代目当主であり、古今東西の美術に精通した仏文学者で、「京の文人」と称された。2015年5月27日白血病で亡くなられた。84歳だった。