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「写真幻想」 ピエール・マッコルラン


澁澤龍彦さんが愛読した作家が書いた写真論ということで本書を購入。本書はマッコルランが写真について様々な機会に書いた文章を纏めたもの。著作集からの抜粋ではなく、初出から集めた。マッコルランが撮影した写真も16枚収録されている。また、編者と訳者による解説が付いている。

正直なところ、アジェ以外の文章は何だかよくわからなかった。難解というわけではないけれども、イメージが湧かないというか茫漠とした印象ではっきりしない。写真集の序文は、やはり写真集を見ないと分かりにくい。アジェの場合、管理人は写真集を持っていたので参照できたけれども、出版されなかった写真集の序文(「中心街の探検ガイド」)となるとどんな写真集なのかさっぱりわからずお手上げ状態だった。

短い文章なのに、各文章にそれぞれ解説がついているのもわかりにくさのせいなのかもしれない。マッコルランが撮影した写真についても、本文と関係がないように思えた。フランス文学に精通しているひとには面白いのかもしれない。

パリの感情的な過去は、アジェがそうだったような慎ましい老人が、街角の商人が文学的繊細さとして有するすべてのものと見事に結びつく。
パリは、叙情的でもある写真家の最初の欲望に、ただちに応じるような街ではない。界隈の人間ではない通行人を受け入れるには時間が要る。界隈の人間であっても、隣の区でも特権的に遇してくれることにはならない。パリの街路は、軽くてとても表面的な、フランス的な流儀によって歓迎する。
テルトル広場の写真を、仲がよく事情通の人特有の自然な微笑みとともに眺めさせる、あの市民権を数日で獲得するには、共感の特殊な能力が必要である。
パリをカメラに収めようとすると、その非常に風変わりな国際性のために、視野は複雑になってしまう。しかしこのヨーロッパの十字路は、親しげな表情を本能的に遠ざける。パリの街路を見事に知悉していたアジェは、間違いなく、束縛のない小さな生がひしめきあうこのアリ塚のような街の、もっとも純粋な詩人の一人だった。