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「本に語らせよ」 長田弘


本書は単行本未収録のエッセーと既刊本から再録したエッセーで構成されている。本の帯には、最後のメッセージとある。著者によるまえがきもあとがきもないので、なぜ既刊本から再録したのかわからない。単行本未収録のエッセーの量が少なく単行本にするにはちょっととなり、絶版になっている本から再録しようとなったのかどうか。「『城下の人』の語る歴史」は「二十世紀のかたち」からの再録だが抜粋になっている。なにか奇妙な編集のように思われる。

既刊本から再録したエッセーの大部分が「読書のデモクラシー」と「感受性の領分」からのもの。途中からなんだか読んだことがあるエッセーが多いと思って、初出一覧を見たら納得した。この2冊は現在絶版状態で入手が困難なのはわかるが、どうしてこの2冊なのかという理由は分からない。著者のお気に入りの本だったのかもしれない。今となっては確認しようがないが。

最後のメッセージが「本に語らせよ」というのは著者らしいもので、本や本を読むことについての著者の考えが書かれてある。本書の最後のエッセイが「カササギの巣の下で」で、樹と鳥の話で終わっている。

読む。何を?-これは嘘かもしれない。嘘として書かれた真実かもしれない。あるいは、真実として書かれた嘘かもしれない。読むというのは、その本を手ががりにして、共通の認識の場へ自分から入ってゆく、ということです。そうやって、その本が棹さしている、人びとの物語という長い川の流れを読む。
読むというのは、考えるということです。考えるというのは、わたしの言い方で言うと、深く感じるということです。
いかに深く感じるか。深く感じることができなければ、考えることができない。考えることができなければ、読むことはできない。一冊の本が深く感じるものにくれるのは、考える楽しみなのです。