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「上海にて」 堀田善衛


最近、新刊本ではずれをひくことが多く、しばらく堀田善衛さんの著作を読むことにした。本が売れないのは本・読書離れのせいあるが、面白い新刊本が減ってきたことも大きいと管理人なんかは思う。いちおうはずれ新刊本はブログの記事に書かないことにしている。

堀田善衛さんの作品は比較的多く文庫にあり入手しやすかった。「時間」つながりで「上海にて」から読むことにした。「上海にて」は著者が1957年秋招かれて中国へ旅をした際、著者が敗戦後1年余り住んでいた上海を再訪したときから始まる。著者は1945年3月に上海へ渡り、敗戦後国民党宣伝部に留用された。なぜ東京大空襲の後に著者が上海へ渡航したのかの理由は本書を読んでもはっきりしない。

本書は10年前の上海での回想と旅行時の上海の様子が入れ子のかたちになっている。回想の部分で印象に残ったは、漢奸の死刑執行の章だった。漢奸とは日本軍に対する協力者で、漢奸の死刑執行はしばしば公開されていた。著者は日本人に協力した中国人の死を誰かひとりでもいたほうがいいであろうと思い、嘔きたくなるのをこらえて立っていた。

引きたてられてその男は、護送車から転げ落ち、芝生に跪いた。高声な判決文朗読があっての後、兵の一人が大きな拳銃を抜き出し、それを後頭部にあてがった。そこで、私は群衆の海の底にしゃがんでしまった。銃声一発、ついでもう一発、二発目は、恐らく心臓に対するとどめであったろう。それで終わりなのだ。群衆は、あまりのあっけなさに(?)ぶつぶつ言いながら散って行く。しかしその場に、この処刑見物をほとんどたのしんでいるに近い人々がいたこともしるしておかなければならない。それはまた私にとって了解不可能な『中国』の一つの部分をなしている。が、ここでそれを『中国』とすることもまだ誤りかもしれぬ。この場合には、それを『人間』と言いなおした方がいいのかもしれない。・・・<中略>・・・屍はごろりと横倒しになって、『いまいったい何事が起こったのか?』と自らに問うているように思われた。やがて、棺に収容され、トラックはそれを積み去った。やがてホースをもった男がやって来て、たまった血をあっさりと流してしまう。イデオロギーも思想も糞もあるものか、と私は思った。そうして、その場を一歩はなられると直ぐに、私には到底担い切れないほどの重い、しかも無数の想念が襲いかかって来、その想念の数々のもう一つ奥に、死者と同じほどに冷たく暗い、不動な、深淵と言いたくなるような場所があることにも気付かされた。漢奸の名において、中国では、戦中戦後、恐らく千を超える人が処刑された。

再訪した上海は以前に比べると清潔になり、きれいなったと著者は述べている。解放以后、農民の貧困は解消に向かっており、新しい国家が建設されつつあるように見える。民衆の科学技術に対する関心も高まっており、この調子で30年ほどたったら中国はアメリカになりはしなかと著者は予想している。本書が出版されてから60年近くたった現在、中国は『経済大国』になった。中国共産党幹部は人民を脱ぎ去り、立派なスーツにネクタイをして「経済拡大」に余念がない。赤尾の豆単のような『毛主席語録』は持ち歩いてのだろうか。

私には、毛沢東という人が、現代人であることはいうまでもないことながら、また痛烈な伝統否定者であると同時に、古い古い中国の歴史を身体のなかにもつ、古びることのない古代人のように思われることがある。「実践論」のなかの、「ある考え、理論、計画、方策にもとづいて、客観的現実の変革にたずさわる実践も、そのたびごとに前進するし、客観的現実についての人間の認識も、そのたびごとにふかまってゆく。客観的現実世界の変化の運動は永遠に終わることがなく、人びとの実践に結末をつけるものではなく、実践のなかで、たえず真理を認識する道をきりひらいてゆくのである」などという節は、私に深い深呼吸を一つさせる。悲哀とか無常とかいったことのかけっぱしもない、中国の大地のような永遠、悠久という、大地と歴史そのもののようなる落着いた、大河のような思想がそこにある、感じさせる。
私は今回中国を旅して、革命解放が、同時に中国の悠久な歴史への復帰という面を、広く強くもっている、と感じて来た。毛沢東の詞「雪」にある、奉皇、漢武、唐宗、栄祖などの歴代王朝の歴史のなかに現在の中華人民共和国をおいてみるとするならば、それは、人民王朝時代とでもいうべきものであろうか。