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「亡き人へのレクイエム」 池内紀


本書はあとがきによれば「ペンによる肖像画の試み」。27編で28人を取り上げている。最後に「死について」という死を巡るエッセイがある。追悼文に手を加えたものが多い感じだ。追悼文集がでるということは、著者の近くに「亡き人」が増えているということ。「死について」というエッセイを読むと、著者の死期が近いのだろうかと勘ぐってしまった。

本書を読んでいて、以前その著作よく読んだ著者の名前があり懐かしかった。森毅さんの本は沢山読んだけど、今手元に一冊も残っていない。宮脇俊三さんの「時刻表2万キロ」は何度も読み返した。管理人は読むだけで「2万キロ」に挑戦はしなかったけど。赤瀬川原平さんは中古カメラに関する著作ばかり読んでいた。花田清輝さんを取り上げている文章は寓話だと思うが管理人には理解できなかった。

「死について」から引用する。

いのちは地球より重いかもしれないが、死はチリよりも軽い。だからこそ、せめて死は自分のものであるのがいいだろう。自分の声に耳を傾けて、自分の死を死ぬ。自死は自分とひとりっきりで、その死はあきらかに自分に属している。家族のものでも、肉親のものでもない。
人間の尊厳、あるいは自由ということ。はなはだ曖昧な領域に入らなくてはならない。曖昧であって、かつうさんくさい。今日このごろ、いったい誰が大まじめに人間の尊厳を口にするだろう。自由ということのお題目を唱えるには勇気がいる。しかし、死といった、すこぶる厄介な、ほんらいは言葉をこえた世界に立ち入ったからには、やはり人間の尊厳について、そして、自由ということにふれなくてはならない。自死は何よりも人間の尊厳にかかわり、とりわけ自由ということと切っても切れない関係にあるからだ。より正確にいうと、それ以上のものであり、何が何でも生きようという世の要請、「自然な生」への断乎とした拒否であって、最終的な人間の尊厳、そして究極の自由を意味しているからだ。