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「全記録炭鉱」 鎌田慧


本書は、三池炭鉱と夕張炭鉱を中心とした炭鉱の閉山に関するルポルタージュをまとめたもの。炭鉱関連の新刊本は入手するのが困難な状況だ。廃墟や産業遺産関連となるとそれなりに見つかるのだが、歴史的な本やノンフィクションは絶版が多いようだ。夕張も財政破綻についての本ばかり。北海道に残っている炭鉱跡も世界遺産にでも登録されないかいぎりこのまま朽ち果てるか解体されてしまうのだろうか。

閉山のときの様子は、夕張炭鉱でも三池炭鉱でもよく似ている。閉山が決まるとき、組合は「会社とともに」あり、会社は炭鉱で働く人たちを切り捨てるのに躊躇はしない。北炭の場合、未払いの退職金や一時金、社内貯金などの労務債の多くを放棄して閉山している。解雇されたひとたちで他の炭鉱や会社に再就職できるのは少なく、とりあえず失業保険で暮らすひとが多い。炭宅の濃密な人間関係の中でお酒を飲んで憂さを晴らし、喧嘩でさえリクリエーションにしてしまう。街を去る人が増えるにつれ、炭宅の人間関係も希薄なり、炭宅自体も解体が進む。夕張で一番古かった木造の炭鉱住宅も昨年取り壊された。

本書の序章は書き下ろしで2007年に書かれており、夕張市の財政破綻についての言及がある。他の章は閉山当時のルポルタージュで、閉山後に街がどうなっていったのかわからない。閉山後の夕張の新規事業(破綻前)が本書で紹介されている。その中に「東山聖苑」という神社があり、管理人はそんな神社の記憶がなかった。調べてみると、それは観光目的の施設ですでに閉鎖されて建物は解体されていた。お寺のとなりにコンクリートの階段だけ残っているところを思い出した。

石炭の歴史村は関連施設を含めて総工費55億円。メロンブランデー工場の建設のために6億5千万円。夕張市が持っていた北炭の債権が約29億円(1981年度)、北炭の家賃滞納が3年分2億8千万円。1983年度の夕張市税収入が20億5千万円で、このうち閉山した夕張新鉱関連の税収が1億4千万円あり、次年度からは減収になる。2004年、夕張市はマウントレースイスキーリゾートを26億円で買い戻す。今年、夕張市はマウントレースイスキーリゾートを元大リアルエステートへ2億4千万円で売却した。買収した元大夕張リゾートは100億円規模の投資をするそうだ。

夕張市の経済が破綻したのは、安全管理の不備から北炭が事故を起こして倒産する事態になったことによっている。労働者への退職金など「労務債」を支払うことなく、北炭は夕張を去っていったのだが、利益は札幌のダイヤモンドホテルの建設などに注ぎこんでいた。三井出身の萩原吉太郎氏は、「政商」といわれ「国の金庫を掘った」といわれているのだが、国家資金を北炭の開発に導入しながら、その利益を観光事業に流した。「炭鉱から観光へ」の転換とは、萩原方式でもあったのだ。
いわば食い逃げした北炭(三菱は撤退するときに、三億円を支払ってでていった)の後始末が、中田市長の仕事となった。彼は「アイデア市長」とマスコミで宣伝されているうちに、その「大風呂敷」は止めどもなくなり、赤字拡大にむかっていった。