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「夏目漱石と西田幾多郎」 小林敏明

夏目漱石と西田幾多郎――共鳴する明治の精神 (岩波新書)

書名から何か夏目漱石と西田幾多郎が直接的な関係があったのではと思ってしまうが、実際には人的ネットワークがちょっと交わる程度。同じ著者の「憂鬱なる漱石」と「西田幾多郎の憂鬱」を読んでいるとそのことはうすうすわかっていたけれど何か新しい発見があるのかとちょっと期待してしまった。本書は「憂鬱なる漱石」と「西田幾多郎の憂鬱」との拾遺というか補完といったところか。「夏目漱石」と「西田幾多郎」という二人の知の巨人を扱うには新書ではちょっと物足りない感じがした。

西田幾多郎は漱石より3歳下で、1945年に亡くなっている。漱石は1916年に亡くなっており、第二次世界大戦について知る由もない。西田幾多郎の晩年の言説や「京都学派」の弟子たちの活動が戦後批判された。西田に一番期待されていた三木清は終戦後の9月に獄中死している。漱石にとって戦争とは日清・日露・第一次世界大戦であり、西田にとっては第二次世界大戦だった。漱石と西田の戦争観の違いはその対象によるように思われる。

いずれにせよ、漱石と西田の戦争観を通して見えてくるもの、それは地球全体を包みこもうとしている近代世界システムが、大は国家間の戦争から小は個人間の競争にいたるまで、さまざまな闘争の契機をはらんでいること、またその危ういバランスの上に立って、いわゆる「文明」の産物が享受されているという認識である。
今日なら「グローバル世界」と呼ばれる事態を西田は「世界史的世界」と呼んだ。そしてそのことは日本では明治という新時代の始まりと同時に自覚されていた。京都学派の「近代の超克」論議はこうした近代世界システムへの批判の試みではあったが、いかんせんその哲学者の空論気味の言説は、無力にも、戦争というシビアな現実に飲みこまれてしまった。第一次大戦の中で死んでいった漱石は、彼ら以上に、言説を無意味化してしまう戦争の非情な性格を感じ取っていたのかもしれない。