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「原民喜」 梯久美子


岩波新書とは思えない装丁で思わず購入した。といっても装丁だけで購入したわけではありませぬ。普通のカバーの上に「原民喜」の写真があるカバーが被さっている。原民喜はこんな顔をしていたのかと改めて思った。期間限定のカバーらしい。

「大逆事件」関連の本を読み続けていて気が滅入ったところに「原民喜」の評伝を読むのは傷口に塩を塗り込むようなものかと思ったがちょっと違っていた。極端な無口で社会的適応性が殆ど無い原民喜のもとにはなぜか人が集まり彼を支える。結婚して妻・貞恵と暮らしていた時期が原民喜にとって一番幸福だったと思う。

妻・貞恵が病死した後、原民喜は広島の実家に戻った。そのとき広島に原子爆弾が落とされる。たまたま原民喜は便所にいて助かる。原民喜は妻が残した防災背嚢を背負い被曝直後の広島のまちを歩いた。この経験を記録として残すために原民喜は生き続けようとした。しかしながら、原民喜は線路に横たわり自殺してしまう。本書の最後に若い女性や遠藤周作との交流が描かれている。友人たちが原民喜を励ましているようで、実は友人たちのほうが励まされていた。

埴谷雄高や遠藤周作はおしゃべりのように思えるのに、無口な原民喜に惹かれているのは不思議な感じがする。埴谷雄高は、「原民喜はムイシュキン公爵のようだ」とどこかで書いていたような気がする。原民喜は「夏の花」を残し、「ヒバリになって」空へ行ってしまった。

 発言し、行動し、社会に働きかけていく-たしかにそれは、ペンを持つ人間のひとつの役割であろう。作家の自死を美化し、いたずらに持ち上げることも慎まなければならない。だが私は、本書を著すために原の生涯を追う中で、しゃにむに前に進もうとする終戦直後の社会にあって、悲しみのなかにとどまり続け、嘆きを手放さないことを自分に課し続けた原に、純粋さや美しさだけではなく、強靱さを感じるようになっていった。
現在の世相と安易に重ねることもまた慎むべきであろうが、悲しみを十分に悲しみつくさず、嘆きを置き去りにして前に進むことが、社会にも、個人の精神にも、ある空洞を生んでしまうことに、大きな震災をへて私たちはようやく気づきはじめているように思う。
個人の発する弱く小さな声が、意外なほど遠くまで届くこと、そしてそれこそが文学のもつ力であることを、原の作品と人生を通して教わった気がしている。評伝として不足も多く、また未熟で拙いものであるが、本書をきっかけに、ひとりでも多くの人が原民喜の作品を読む機会をもってくだされば、これにまさる喜びはない。

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