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「ガザに地下鉄が走る日」 岡真理


書名を見て本当にガザに地下鉄ができたのかと勘違いしてしまった。イスラエルによって完全封鎖されているガザに地下鉄が走る日とは、封鎖が解除されパレスチナ人が他の街へ自由に行き来できる日。「砂漠の檻の鉄格子がなくなるときガザに地下鉄が走るだろう」と著者は述べている。

「ガザの地下鉄」は、私たちがまだ見ぬ、美しいパレスチナの明日、美しい世界の明日を想像させてくれる。「絶望の山」から「希望の石」を切り出す鑿だ。この世界がいまだ目にしたことのない、私たちのもっとも美しい子どもたち、私たちのもっとも美しい日々を想像すること。すべては想像することから始まる。「人間い想像できることはすべて、実現することができる」(ジュール・ヴェルヌ)。
今、ガザの砂漠の辺獄の際で、生を賭してワタンへの帰還を求めるガザのパレスチナ人の魂の叫びを聴き取るとは、私たちがこの世界を私たち自身のいかなるワタンとして想像し、それを全霊で希求するのか、ということと限りなく同義である。

1948年イスラエル建国時、パレスチナ人に対する民族浄化により70万人が難民となった。この民族的悲劇をアラビア語で「ナクバ」という。本書では繰り返し「ナクバ」が語られる。1948年の集団虐殺ではデイル・ヤーシーンの名前だけが記憶されたのは、この虐殺がイスラエルの正規軍ではない民兵組織イルグンによるものだったから。この虐殺による犠牲者の数が実際より多く報道されたのは、虐殺に対する恐怖によってパレスチナ人の集団避難が加速させる狙いがあった。デイル・ヤーシーン以外のタントゥーラ、ダワーイメ、サフサーフの集団虐殺は、イスラエル建国後の正規軍によるものだった。これらの集団虐殺はデイル・ヤーシーンのように報道されることはなかった。

ホロコーストを経験したユダヤ人がなぜパレスチナ人に対して民族浄化を行い、いまだに圧倒的な軍事力により難民キャンプを攻撃するのか。歴史から何も学んでいないのは、そのような問いを発する者をほうだと著者は述べている。この箇所を読んで本当に考えさせられた。暴力を受けたものが、その経験から他者に対して暴力を振るわないということはない。歴史の事実が教えるのは、人間とは「非人間化」の犠牲者であろうとなかろうと「他者を非人間化することを教え込むことができる」。最近でも、ミャンマーのロヒンギャ難民に対するサン・スー・チー国家顧問の言動が問題となった。幽閉された経験を持ち人権派と思われていた彼女が何故という問いがあがっていたのは記憶に新しい。

2015年11月に起きたパリ同時多発テロ事件後、SNS上はトリコロール色で溢れた。フランスで起きたテロだからこのような反応が起きたのだろう。パレスチナについて日本で報道されることは少ない。ガザが空爆され犠牲者がでてみんながこぞってSNS上で発信したということを管理人は知らない。「まっとうなジャーナリズムが存在しないのは、表現の自由が存在しないためであり「独裁」の証明」である。サイードの臨終のことばが”Don’t forget Palestine”だったとは。

普遍的人権、人間の尊厳、人間の自由、平等、平和、そういったことがまことしやかに語られる二一世紀のこの同じ地球上で、人権も平和も自由も尊厳も、空気のように享受している者たちがいる一方で、人権も自由も尊厳もなく、日々、殺されて一顧だにされない者たちがいる。人間が虫けらのように殺されるという不条理、だが、その物理的暴力以上に、世界がその不条理を耐えがたいこととして感じていないという事実-存在の耐えられない軽さ-こそが、人間にとって致命的な暴力なのではないだろうか。
世界は、パレスチナの占領を放置し、そうすることによってそこに生きる人々を半世紀にわたり占領の暴力のただなかに遺棄し続けることで-あるいはガザの完全封鎖を十年以上にわたり放置し、ガザの人々を「生きながらの死」と彼らが呼ぶ状態に捨て置くことで-、パレスチナ人に対してメタメッセージを発しているのだ言える。おまえたちの尊厳が冒されようと、私たちには関係のないことだ。おまえたちがどうなろうと、それはこの世界にとって何ら問題ではないと。