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「マヤコフスキー事件」 小笠原豊樹


本書は旧ソ連の詩人ウラジミール・マヤコフスキーの自殺をめぐる疑惑を追った評論で、「第65回読売文学賞 評論・伝記賞」を受賞している。本書を読むのに時間がかかってしまった。本書の構成は普通の評論と違っている。マヤコフスキーの恋人だったポロンスカヤの回想の翻訳が3分の1を占め、後半の章は小説仕立てになっている。重複した内容が繰り返され、結論はマヤコフスキーの死は自殺ではないということなのだろうと思うけど、読了した後にも何かはっきりしないもどかしさを感じる。

あとがきによると、もともと3つあるポロンスカヤの回想の翻訳書をだそうとして企画が頓挫。そのため1938年の回想の翻訳に著者の文章で構成した本書ができた次第。それでもページ数が足りなかったのかマヤコフスキーの年譜ふうの略伝が最後にある。

マヤコフスキーが死んだのは1930年4月14日月曜日。最後の一週間のマヤコフスキーの行動を著者はいろいろなひとの回想録や資料を渉猟し、ジグソーパズルのピースを埋めるように追っていく。この辺りは、ミステリー小説を読むようで興味深い。マヤコフスキーのデスマスクは、顔面に負傷の跡がはっきり見え、鼻全体が右に湾曲しているそうだ。デスマスクを見た限り自殺した人間とは思われない。自殺直後に写真が撮られたというのも不自然な感じがする。このように不自然な死の痕跡が数多く浮かび上がってくる。しかしながらマヤコフスキーが殺されたという決定的な証拠は出てこない。

とにかくマヤコフスキーのまわりにいたひとたちの回想には相異が多い。人間の記憶はあてにならないかもしれないが、衝撃的な事件についての証言がこれだけ違うと回想や調書の信憑性が疑われる。管理人は著者の推理が正しいかどうかを判断できないがマヤコフスキーの自殺は相当怪しい事件だと思われる。

マヤコフスキーの最後の日々に関して、さまざまな人が過去に書いた、さまざまな文書(大上段に振りかぶった論文とか、単なるメモ程度の回想)を読み、生誕百周年以降の新たな資料を漁るうちに、筆者は思ったのだった。人間とは、おしなべて、いい加減な、記憶力の弱い、そもそも記憶すべきことを観察する能力が乏しい、それでいて自分の哀れな記憶にあくまで固執する、ちょっと手に負えない生き物なのか。
いいや、それでも、なおかつ、事件の真相に近づこうとして、懸命に記憶をふりしぼるが、どれほど記憶や記録を総動員しても、なんにも見えてこない場合は、視界ゼロの場所を想像と創造の力で切り拓いて、全く新しい光景を生み出そうとまでする。これは人間のどういう性なのだろう。私たちにとって、唯一の理解のよすがは人間であり、しかも一番理解し難いもの、朦朧として見極めにくいものもまた、人間なのだ。