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「ある女流詩人伝」 池内紀


フロイトが「夢判断」を出版し、「エロ学者」として嘲笑されていたとき、あたかもその学説を体現するかのように、無自覚に艶笑詩を書き続けた女流詩人がユーリエ・シュラーダー。ユーリエは、ドイツの詩人としては、決して有名ではないと思う。本書にある翻訳された詩を読んでも、艶笑詩の微妙なニュアンスが伝わらないので、その良さは管理人にはわからなかった。

詩よりも手紙のほうが面白かった。とある紳士との密会のやりとりは、今では想像し難い内容だ。今ならメールだろうが、不倫相手とのメールをいつまでも残してひとは少ないと思う。ユーリエが詩を発表したのは、大半が第一次世界大戦前までだった。1920年代に入るとユーリエが住んでいたハノーファー南部の小さな村でもカギ十字の旗を掲げる家が現れた。その村でただひとりのユダヤ人だったユーリエは、「クリスタル・ナハト」の翌年11月村外を流れているフーズ川に死体となって発見された。翌日、教会墓地の片隅に葬られた。墓石はなかった。村では自殺者には墓石をたてない習わしだったそうだ。

問題は通りを駆け出す人々だろう。なぜ駆け出すのか?わざわざフロックの裾をからげて、どうして走り出したりするのだろう?なぜ仕事をうっちゃらかし、居間から飛び出してくるのか?
むろん、走るのがうれしいからだ。仕事をうっちゃらかし、戸口を出て走り出しさえすれば、魅力的な突然の異変に立ち会える。大きな一つの流れに入りこめる。それはもはや単なる群衆ではないだろう。そこには何かある連帯感を伴った協同体が生まれている。奇妙な連帯感を伴った協同体が、突如として往来に出現した。その一員であることのムズかゆいよろこび。そしてみるまに連帯が拡大していく。次々と駆けつける人々がいて、それにつれて黒い群れが海のようにひろがっていく。中の人々はすでに陶酔したりさえしている-