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「白秋望景」 川本三郎


本書は、「荷風と東京」「林芙美子の昭和」と続いた川本さんの文学者評伝の三作目。取り上げている文学者は北原白秋。あとがきによれば、著者が白秋に惹かれたのは、言葉に生きる者として、つねに時代のなかで新しい言葉を考え続けてきた革新性にある。そして、近代日本の歴史の核にあるのは「涙」だったというのが著者の持論で、「からたちの花」の「からたちのそばで泣いたよ」は、その近代日本の悲しい「涙」ではなかったかと著者は述べている。

白秋に革新性があるとすれば、西条八十が「残虐」と批判した童謡「金魚」のようなものではなかろうか。

母さん、帰らぬ、さびしいな。金魚を一匹突き殺す。
まだまだ、帰らぬ、くやしいな。金魚を二匹絞め殺す。
なぜなぜ、帰らぬ、ひもじいな。金魚を三匹捻ぢ殺す。
涙がこぼれる、日は暮れる。紅い金魚も死ぬ、死ぬ。
母さん、怖いよ、眼が光る、ピカピカ、金魚の眼が光る。

このような童謡を書く、白秋を「神経過敏な虚弱早熟児の体質を抱えて人となった」と阪田寛夫は評している。

本書で一番面白く感じられたのは、葛飾の村童との交流場面。白秋は遊んでいる子供達の小さな手のひらに、赤い金魚、赤い花、雀、蝸牛などを描いていく。子供達は大喜びで、白秋もうれしいし幸福な気分になれる。子供達が帰った後、白秋の妻が「私にも描いて下さい」といい、「白秋は妻の右手小指の爪に、黒い蛍を一匹描いて赤い点をふたつ打つ」。いい場面だと思う。

白秋は昭和10年代に軍歌を多く作っている。本書に「脱退ぶし」が紹介されているが、これが酷い。「何が聯盟、さよならあばよ、ヨツコラシヨ、無理がきくなら、どんと来いよ、どんと、やれよ松岡、ドツコイ俺がゐる。ワンサワンサ」。荷風のように親の財産を相続し、何も書かなくても生活できたのとは違って、白秋は筆一本で家族を養わなければならなかった。

考えてみれば軍歌を必要とする国はどこか切ないものがある。欧米に比べ日本ほど軍歌の多い国はない。そもそもアメリカには軍歌などないといっていい。日本だけが軍歌、あるいは軍国歌謡を作る。欧米の圧倒的な力を前にして遅れて近代化を進めて来た国として戦時に軍歌を歌って精神鼓舞する他無かった。白秋の心のなかには軍歌を必要とする国の切なさ、そして愛しさへの思いがあったかもしれない。